ウェブマスター日記 2012/11-12

Diary 兵庫県セーリング連盟ジュニアヨットクラブ 関西学院ヨット部 エルシノア
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2012/12/24
日曜日は、家内と入院した弟のお見舞いに行きました。月曜日の朝の散歩時に胸が苦しくなり、途中で一旦休憩して帰宅した弟は義理妹の運転で病院に急ぎました。診断は心筋梗塞で、緊急手術になりました。1時間後カテーテルでステントを冠動脈の狭窄した部位2ヶ所に入れ終わりました。
僕は連絡を受けすぐに岸和田・徳州会病院に走り、ICUに入っている弟に面会しました。面会時間とは違いますが、面会させてくれました。思いの外元気で顔色もよく、いつもどおりに自分の病状変化を話す弟の姿に、記憶もはっきりしてるし大丈夫だなと安心しました。その後妹の職場に寄り、ちょいと妹と話して僕も職場に戻りました。
安心できない病気なので不安な数日を送りました。毎日、「あっちの世界に行くなよ。帰ってくるのはこっちだぞ」って呪文のように唱えていました。妹から毎日流れてくる順調な快方を伺わせるメールがありがたかった。
朝8時に家を出発しました。面会時間は11時からでまだ早いのですが、早起きの僕らはもう準備ができてしまいました。御用達GSに寄り、ガソリン補給と空気圧点検をします。お正月がもうすぐなので、そろそろ洗車もしないといけないな。
月曜日は、阪神高速空港線から行ったので、r13を南下し、阪神高速湾岸線・中島ICから高速に乗りました。家内から「海を見ながら行ける?」ってリクエストがあったからね。淀川を渡るところで、男が高校ヨット部で練習してた北港ヨットハーバーを教えます。数年前に回った海遊館のとこにある観覧車や日本一低い山・天保山登山の思い出をニコニコ話しました。「お父さん、怖がってたよね」・・・僕は高所恐怖症です・・・。夜景が素敵な堺の三井コンビナート、次男の国体予選会場だった二色ヨットハーバー沖海面、いろんな話をしてると岸和田北ICに来ちゃいました。
ICで下車しましたが、まだ9:30で早すぎます。お見舞いの品を買おうと徳州会病院横まで来ましたが、適当なお店が見つかりません。通り過ぎると、良い感じのお宮がありました。弟の家の最寄り駅・JR久米田駅周辺で和菓子屋を見つけて、いちご大福を買いました。
病院に戻る道に開店準備してるユニクロを見つけました。「そうだ、あれを買おう。あるかな?」。10:17・ユニクロ岸和田店、綿100%・フランネル・チェックシャツ・1290円を2着購入・2580円。冬の時期は毎日着てる厚めのシャツの襟が、ローテーションしてる2着ともボロボロになっていました。職場では上から制服を着るのでボロボロでも平気なのですが、遊びの時ちょっとかっこ悪いなと思っていました。良いお買い物が出来ました。
10:27、病院近くの良い感じのお宮・「兵主神社」に寄り道です。境内では氏子さんが集まって正月に向けてしめ縄の新調作業中でした。立派なお宮で、手水の龍口が2つあります。参拝客が多そうです。祭神は、天照大御神・八幡大御神。菅原道真の旧郷の総社だそうで、長い歴史のあるお宮でした。
「天正年間に焼失し」とあるので、多くの寺社同様織田信長が焼いたのかも?です。これも同様に羽柴秀吉が再建し今に至るようです。明治期に至り、重要文化財に指定され、八幡神社・菅原神社・厳島神社を合祀したそうです。土塀に囲まれ下まで見えませんでしたが、素敵な檜皮葺本殿がかっこ良かったです。
病院駐車場に車を入れ、ICUから一般病棟に移った弟の病室に上がり、まずはトイレと思って歩いていると、トイレから弟が出てきました。「おぅ」「あぁ、お兄ちゃん」「どうや」・・・「あっちで腰掛けて話そうか」「先にトイレに行ってくるわ」・・・てな会話を経て、日当たりの良い面会ロビーであ〜だこ〜だ話しました。妹家族3人もやってきたので、6人であ〜だこ〜だ。半年ぶりに会う姪がさらにお嬢さんになっていました。まだ小学生なのに、女の子は成長が早いね。
パジャマの下にぶら下がってる機械を聞くと、携帯型心電図計のようで、心臓機能をリアルタイムで無線送信してるようです。それをチェックしてるナースステーションから離れるといけないので、病室のあるフロア以外移動禁止だそうです。
もう一つポケットに入れてる機器を聞くと、「これはラジオや」。ICレコーダー付きラジオだそうで、このICレコーダーの方に興味を覚えました。ややこしい男が多いから、家内が持っておくといいかな?なんて。実際に使わせてもらったけど、テーブル越しの会話はポケットの中でも、しっかり録音されていました。経過は順調で、金曜日に退院できるそうで、お正月は自宅で迎えられそうです。良かった。「じゃあな」。
和歌山の加太に向かいました。「りんくうタウン」のとこから、r63を南下します。右手に海が見えて、家内が喜んでいます。風が強いね。「箱作」でR26に合流。僕が2回生の時総合全国制覇した「淡輪」です。「みさき公園」を越えて、r65。峠を越えると海が見えてきてえ、「うわぁ、海」って隣で喜んでいます。ここから良い感じの海岸線の道で、バイクの割合が増えました。これはバイク道だな。
13:26、「道の駅・とっとパーク小島」の案内板を目にしていたので期待していたら、海づり公園併設の道の駅でした。珍しいかも?海に突き出た海づり公園施設上に可愛らしい建物があります。ふふ。
「加太港」が見えてきました。予想以上に大きな港町でした。加太は有名だけど、ひなびた漁村をイメージしていましたが、漁船の数も多く、ウィークデイの朝は漁業関係者で賑わっていそうです。友ヶ島という好漁場に近く、仕事効率が良さそう。
13:40、港の西・一番海寄りに鳥居が見えてきて「淡嶋神社」のようです。元建物があったような整地されていないコンクリート敷地の「加太駐車場」に車を入れました。500円。車から出ると吹いています。10m/sオーバーですね。友ヶ島の2つの島の向こうに淡路島が霞んで見えます。亡き義理父と淡路島・由良漁港から船を仕立てて友ヶ島に鯛釣りに来たことを思い出します。父が毎週のように通っていた船頭さんなので気心が知れており、鮒釣り素人の僕でも鯛を釣り上げることが出来ました。
「淡嶋神社」にお参りします。バイクが2台停まっています。参道というか敷地内というか、そこに3軒並んで海産物売店&食堂があります。店頭の海産物を眺めていると、おばちゃんが出てきます。お昼を食べようと、真ん中のお店「満幸商店」に入ります。家内には言ってなかったけど、ここで食べるのも目的の1つでした。
「海鮮丼」と「しらす丼」を注文します。お姉さんが膝の上にタオルに包まれたホット枕を載せてくれます。温めたジェル枕のようで、ほのかに温かいです。板壁の落書きは公認のようです。サインの書かれた色紙が沢山飾られています。バイクグループと思われるステッカーもたくさん貼られています。メニューが豊富で、海鮮物からデザートまで面白そうなものがいっぱいです。
僕らの後に入ってきたグループは、「名前を書いてもらった方かな?」なんてお姉さんに声を掛けられていたので、僕らが入る前は混んでたようです。お隣さんは5000円のコースのようで、次から次に料理が出てきます。「ちょっと渋滞してるよ〜」なんてお姉さんに軽口をたたかれています。僕らの後に入られた後ろのグループさんは、2人で3500円のコースのようで、まず9品の突き出しから始まっています。お姉さんが内容を説明してくれており、「ふむふむ」美味そう。更に後から入ってきた3人家族さんも3500円コースです。
僕らには、席につくとすぐ「サービスだからね」って、ワカメの味噌和え?が出てきました。これが美味い。「海鮮丼」は大量の貝で、僕が頼んだんだけど大半家内が食べました。家内が頼んだ「しらす丼」は、凄い山盛りでこぼさずに食べられる人はいないでしょう。ちゃんとプレートに丼が乗っています。取り皿が4枚とスプーン2つが先に出されたので、取り皿4枚も必要か?と思っていたのですが必要でした。別容器の特製タレを、取り皿に取ったしらすとご飯にかけて食べます。お互いに分けあって「おいしい美味しい」を連発しながら食べました。メニューにはサイズ指定もあり、レギュラーを注文しましたが、スモールもありますが多いのもあります。レギュラーで調度良くお腹がいっぱいになりました。
次は「2人で3500円コース」にしようと話していたのですが、このしらす丼レギュラーにうどん、突き出し9皿・海鮮モノ3皿・デザートと言うコースなので、僕ら2人では到底無理そうです。後ろのお客さんに、「しらす丼はお持ち帰りも出来るよ」とお姉さんが説明していたので、僕らはそうなりそうです。大勢で来るとより楽しそうです。「またせてごめんよ〜」って、コーヒーをサービスしてくれました。ウインナコーヒーで、銀色の金属製カップ&ソーサーで出てきました。この食堂の雰囲気に似合わないお洒落な感じに、2人でニッコリ。
14:30、「満幸商店」を出ました。「お兄さん、車で来たの?」「はい」「何処に停めた?」「あそこの駐車場です」「500円の。次からは裏にうちの無料駐車場があるからそっちに停めたらいいよ。最初は場所がわからないから、店に声を掛けて。ついていくから」って。高級料亭や4つ星ホテルとは大違いですが、庶民的おばちゃんホスピタリティーが素晴らしく、1回でファンになってしまいました。大満足の「満幸商店」で、もうお参りしなくてもいい感じになっちゃったのですが、「淡嶋神社」に参ります。
人形がいっぱいです。カエルの置物コーナー・羽子板コーナー・花嫁人形コーナー・芸者人形コーナー・お面コーナー・招き猫コーナー・嫗翁コーナー・・・いろんな人形が所狭しと拝殿周りに置かれています。大量の日本人形が僕を圧倒します。「夜来ると怖いね」で家内との意見が一致しました。
14:53、「淡嶋神社」お参りを終えて帰宅します。淡嶋神社の先を行くと何処に行くのか興味がありましたが、これはバイク出来た時のお楽しみにしましょう。r7で和歌山市内に向かいます。R42になり、和歌山城址をグルっと回って、阪和道・和歌山ICに乗りました。「岸和田SA」でトイレ休憩し、岸和田名産水茄子コーナーを見ると、「あれ〜、妹さんとこ・・・」。「あ〜」、義理妹の実家のが販売されていました。そういえばお兄さんが、言ってたような。
ブイ〜ンと中国道・豊中IC下車。「今日こそ、ケーキセットを食べる〜」と言ってた家内の要望を叶えようとキョロキョロしてると、「ウインナコーヒーで満足したから、家に帰りましょう」と言うもんで、そのまま帰宅しました。風呂で温まり、軽くうどんを食べて20時に寝てしまいました。弟も順調に回復してるし、ああ、楽しかった。

2012/12/18
日曜日は新西宮YHからクルージングに出ました。手伝ってる大学ヨット部毎年恒例の卒業生クルージングです。卒業生と1回生が来る予定です。数日前の昼休みに船に行き、エンジン始動やトイレチェックをしました。陸電に常時繋げているので、エンジンは一発始動で快調です。電動でないポンピングトイレがイマイチなのですが、パイプ詰まりは無さそうです。
日曜日の朝、定時の5時台に起きました。ゴソゴソして7時頃から用意をしました。学生たちはどうせ寒いカッコで来るだろうから、手袋とカッパを数人分リュックに入れます。そして7:30に家内と衆議院選挙の投票に向かいました。近所の公園内の集会所が投票場所です。横の自治会倉庫前では、廃寺周辺の一斉掃除のために役の方々がリヤカーや掃除道具を出しています。この日は町内会一斉の野外大掃除日です。今年は役に当たっていませんが、我が家周囲の溝掃除は土曜の夜に済ませました。清き一票をポトン。
帰宅して8時過ぎに出発します。家内も誘ったのですが、ハーバー帰着に合わせて来るかも?とのこと。R171を西宮に向かい、8:58・西宮浜セブンイレブンで昼食用に「おにぎり2個・246円」購入。
ハーバーに車を入れ、船に向かっていると1回生・西村くんがいました。集合時間の10時の1時間前です。2人で船に向かいます。ホームポートの柳ヶ崎と違って大型艇が並ぶ姿に驚いています。一発でエンジン始動、快調です。センターハウスに戻り、皆んなを待ちます。卒業生は、4回生金田くん・女子マネひめちゃんの2人です。他メンバーは引越しとかOB会用事とかで不参加です。1回生高木くん・女子マネ松原さんがやってきて全員集合。出艇申告をします。
まずトイレです。その時、2Fから見知った顔が・・・KTさんじゃないか。「こんな時間に・・・」「ヨットに泊まってました」って。続いてドラゴンを回ってから船に行きました。NW・3m/sほどの風が入っています。曇っていますが、天気予報では晴れになるらしい。気温も寒波が途切れ15度ぐらいまで上がるとのことで、12月にしては最高のクルージング日和です。
ライジャケを着用し、出艇。メインセイルカバーを開きながら、ワンポイント・ツーポイントリーフラインをセットします。西出入口から水道に出ると、芦屋YHから次男の後輩のOPが続々と出てきます。ちびっ子、いいね。
ワンポイントリーフでセイルを上げて、エンジンを切ります。女子が乗っているのでジェノアを1/3ファーリングして六甲アイランドに向かいます。海上自衛隊阪神基地に掃海艇が2隻停まっています。ジェノアをファーリングしエンジン始動してゆっくり見学します。デッキ上に自衛隊員が数人おられ、手を振ると振り返してくれました。激写!
コンテナ船が入ってきたので、六甲アイランド・コンテナヤードに南下して海上から見学。ここからクローズホールドで上ります。メンバーが順にヘルムスを交代し、ステアリングを握ります。メルジェス32が練習しており、馬鹿でかいジェネカーを張って快走しています。クローズで追ってきた32に追い抜かれます。ここでも激写!
甲南大学の練習を横目に見ながら、ハーバー前まで上ってエンジン始動。ジェノアをファーリングし、メインを下ろします。トラブルが2ヶ所ありました。メインセイルバックを釣ってあるラインが切れました。シートとブロックが落ちてきたので回収。メインシートがコクピットに干渉しないようにリードされているのですが、メインシートをリードするマストステップ・ブロックのプラスチック部分が割れてシートに噛みました。後輩のヨット屋さんに直してもらわないと。すれ違ったボートやヨットと手振り挨拶を何度か交わしました。12月の寒空の下、お互い頑張ってるね。
15:15、船を片づけ、桟橋を戻ります。船の掃除をしてる方もいます。「こんにちは」。センターハウスに戻ると家内が座っていました。「来てくれたん」。帰着申告を済ませ、関西ヨットクラブのレストランに上がります。皆んなでお茶をしながら、あ〜だこ〜だおしゃべりしてお開きにしました。大きなクルーザーでのクルージングは楽しめたかな?
全員で車に乗り、阪神西宮で2人下ろし、JR西宮で3人下ろして帰宅しました。途中で「夕食どうする?」「うどんなら作れるよ」「じゃあ家で」。レストランで食事しても良かったな。
お楽しみの「モヤモヤさま〜ず」を見て笑い、総選挙速報を見て21時頃に寝ました。テレビ大阪では、20時の選挙終了時点でいきなり全党の当選予測を出していました。結局、それとほとんど違わない結果だったので、その精度は驚きです。NHK開票速報は、当選確実によって1議席ずつ積み上がる従来方式なので、こっちの方がワクワク感があります。楽しい海の1日でした。

2012/12/10
日曜日は、グループツーリング・お題「日生・カキオコ」でした。家内の用事がカレンダーに書き込まれてあったので申し込んだのですが、先週始めに消えてました。「マズイ!」。「あのさあ・・・何か用事あったんじゃないの?・・・グループツーリングに申し込んだんだけど・・・」「面倒になってやめちゃったの、でも、行っといで」「悪いねえ」と言いながら、心のなかでニンマリしてました。ということでここはクリアしました。
土曜日に天気予報をチェックすると、寒波到来で気温が低めの上に強風です。阪神高速・京橋PA8:30集合です。西宮・神戸・明石・加古川・姫路・・・と経路地域の予報をチェックしていくと、どこも風が強そうです。「高速道路は横風が怖いぞ」。リーダーさんに第2集合ポイント・揖保川町「道の駅・みつ・10:30」に向かう旨伝えました。
5時過ぎに起床。家内が先に起きていたのでやばいと思い風呂を覗くと、やはりお湯を抜かれていました。我が家は朝風呂の水の入れ替えがあります。朝風呂に入ってぬくぬくで出発しようと思ってたけどお流れになりました。
あ〜だこ〜だおしゃべりしながら着替えて用意し、6時過ぎに玄関を出ます。倉庫で「招き猫CB400SB」の空気圧などチェックし、あれやこれや雑用してたらあっという間に7時前です。「いざ行かん」。
6:57、宝塚出光で給油、249km/10.03L=24.8km/L。比較的風予報の低かった内陸部・三木経由で姫路に向かいます。中国道沿いのR176を西進。7時過ぎなので流れてているけど交通量があります。いつもなら迷わずr51・有馬街道で有馬温泉経由なのですが、凍結が心配でR176で我慢します。
「西宮北IC」こっちの道標に従って、r82にチェンジ。「藤原台」の広い道を走ってr38に突き当たり、r38にチェンジして西進です。「山陽道」沿いのこの道は快走路です。信号も少なく交通量も多くなく、農村風景が左右に広がり気持ちがいい。「三木」で曲がるところをミスってr23に入っちゃったけど、すぐに適当な道でr20に乗りました。家内と自転車で廃線になった「三木鉄道」の駅や軌道跡を探索したけど、最後時間切れ日没で見つけられなかった「三木駅」のところでr20に合流しました。「こんなところにあったんだ」。綺麗に保存されているようで、ソロなら激写タイムなのですが先を急ぎました。
加古川まで走り、土手道r18を少々南下。家内の実家のお墓の最寄り「厄神駅」で自転車を組み立て、お墓参りしたこともあったな。帰路に、新たな軌道路を発見しました。
加古川線の踏切を渡って、r65に右折し「上荘橋」を渡って西岸へ。「志方町」に入り、家内の亡父の実家のあったお山が目に入って来ました。城址の中の家だったので、また探索せねばと思っています。以前はここにお墓があったので、年数回来ていました。戦国時代、志方城から黒田官兵衛にお嫁に入りました。2年後の大河ドラマは黒田官兵衛に決まったようなので、それに向けて素人歴史好きに謂れや案内板の設置が進むといいけど。
「播但道・花田IC」から、R372〜r397で南下します。子どもたちがチビの時、このICで下りて「姫路セントラルパーク」によく来ました。初めて遊覧ヘリコプターに乗ったのも確かここだったような?姫路市街地に突っ込むと混みそうなので、市街地の東側を南下します。道なりにR312。「御着駅」横を通りました。黒田官兵衛が筆頭家老だった小寺氏の居城が御着城です。ここも探索ポイントです。
「姫路バイパス」下をくぐり、R250に乗りました。加古川の家内の実家の前を通っていた馴染みの道です。姫路市街地の南に出たので、この道で西進します。播但線とともに南下してきた「市川」を渡り、「書写山」横を流れてきた「夢前川」を渡るとようやく景色が開けて来ました。
「網干」で「揖保川」を渡ると、一気に旧揖保川町の良い感じです。子供がチビの時、「綾部梅林」と「白浜潮干狩り」に何度来たことか。お尻が濡れるのを忘れて貝拾いに夢中になりました。左手に播磨灘の海が見えてきました。御津町に入ったようです。第2集合場所の「道の駅・みつ」まで3kmを切っています。時刻は9時・・・早すぎます。
道の駅の前をゆっくり通り過ぎ、バイクでは初めての久しぶりの七曲りを進みます。「室津漁港」に入るいい道が出来ています。「大浦海水浴場」にも何度か海水浴に来ました。家内の実家が加古川なので、ここらはそこを基地にした播州の遊び場でした。何もなかったのに、お店がポツポツ出来ています。バイク乗りに有名な「七曲り」なのでそれなりの走り屋バイクとすれ違います。圧倒的スピードでサンキューサインを残して抜き去っていくバイクも数台。僕の鈍足バイクはお呼びでないね。
適当にUターンして、室津漁港に入ってみました。観光化されたようで、漁村の民家を抜ける道が化粧タイル道になっています。9:37、室津漁港・最奥部に停めて激写タイム。ちょっと戻って「牡蠣」の販売所やレストランを激写。もうお客さんが牡蠣を買っています。目の前に横付けされた漁船4隻は全艇新艇です。「ぐえ〜儲けてるなあ」。去年東北の牡蠣産地が壊滅的被害にあったから、余計に実入りがいいだろう。
R250を戻ります。10:05、「道の駅・みつ」。バイクが4台。お隣の2ストCBさんに、「寒いですね」と声を掛けると、「こんな日にバイク乗ってるのはアホやね」だって。その通り。元気に走りに出ていかれました。初めての「道の駅・みつ」なので、ちょっと偵察です。戻ってくるとバイクが増えてたけど、リーダーさんのバイクがないのでまだのようです。寒いからヘルメットを被って待ちましょう。
と思ったら、リーダーRさん登場。「探しに行ってたんですよ」。じゃあやっぱりさっきの女子さんがmさんだったんだ。似てるなと思ったけど、1年ほど前に1度ご一緒しただけだから確信を持てませんでした。それに前は原付だったし。もう一人今春京都でご一緒したことのあるSPさんは、あの時の真っ赤な三輪からCB750に変わってるし。僕で本日の参加メンバー8台が揃ったようです。
あ〜だこ〜だもしないうちに出発です。R250を西進。播磨の海が綺麗です。左手が相生湾になり、最奥部の「道の駅・白龍城」は一度見たら忘れないね。赤穂との間の峠の上空に怪しい雲発見。雪が降って来ました。ぶる!このまま降り続いたら復路の峠越えは危なそう。Rさんが僕を殿にしてくれたので、遅れながらも気楽についていきます。僕だけや後ろ数台揃って信号でちぎられても、何となく追いついたり待っててくれたりで、R250を西進します。途中で7台になったよ。リーダーRさんがいないみたいだけど、席確保のために先に行かれているのかな?
「日生」到着。この港も子どもたちがチビの時、小豆島や日生諸島へのフェリー基地で何度も来ていました。駅横に細い高架下道があり、それを抜けるとカキオコのお店・「うまうま」がありました。11:27、到着。ロードバイク10台ほどの団体さんがおられるようで、寒風の下で待ちます。でもまあ天気はいいし、お仲間も多いのであ〜だこ〜だ喋ってたらすぐでした。Rさんが少し遅れて登場しました。次のお店の予約だったのかも・・・ありがとうございます。
リーダーRさんは、今年新規導入されたBMW・R1200でした。BMWはスクリーンが大きいからいいね。m女史さんの大きい方のバイクは、ヤマハの600ccでした。R1・R6の流れじゃないから、FZ1の流れだね。FZ6とでも言うのかな?
CB750が2台ありました。1台のCB750には、僕のCB400と同じプロスマンのリアガードが付いていました。そして前には、僕も欲しかった教習所エンジンガードです。売ってなかったので教習所専用なんだと諦めましたが、オークションで手に入れたそうです。これがあれば、コケても斜めにしかならないから起こしやすい・・・いいな。
ヤマハVマックスさんは、存在感抜群です。ドラッグスター1100女史さんは座席が低いし、重心も低そうだからコケないかも。そして復路、遅れ気味の僕を気にしながらビリから2番目を走って下さった真っ赤なFZ1・kさん。ツーリング用にモディファイしたR1エンジンにアップハンドル、大きめスクリーンで楽にロングツーリングできそう。大きめスクリーンに変えたそうですが、僕のCB400用ロングスクリーンより更に大きめでいいな。綺麗なので新車だと思ってたら、5年ぐらい経ってるそうです。綺麗に手入れされています。
僕らの順番になり入店。「カキオコ・スタンダード900円」を注文。小ぶりの牡蠣が結構入ってて美味かった。子どもたちがチビの頃はこんなのなかったので、ここ10年のB級グルメブームに乗って出来たメニューなんでしょうね。地元加古川で生まれ育った家内が知らない「加古川名物・カツめし」と同じです。
次の方が待ってるので、食べ終わったらお店を脱出します。次は、往路と同じ道を揖保町まで戻り、R250沿いの喫茶店・TIARAさんです。1:30、到着。「予約席」となってる個室に導かれました。リーダーさんはここの予約で遅れたんじゃないかな?「本日のケーキセット・700円」を注文しました。
ここからのあ〜だこ〜だが長時間でした。Mさんの話が面白く、kさんのツッコミがまた上手です。漫才ができますね。このご両人を中心に大いに盛り上がり、店をお開きになったのが16:00ですよ。たった700円で2.5時間は営業的に辛いね。ごめんなさい。
ここで解散し帰路です。風が更に強くなっています。エンジンを掛けてちょいと動かし、東向きにバイクを停めエンジンを切りました。挨拶に回ってさあ帰ろうとキーON・・・ん?イグニッションは景気よく回りますがエンジンが始動しません。あれ〜1分前に動いてたよ?・・・サイドスタンドOK・キルスイッチOK・キーON・・・あれ〜。寒風・西風がモロにマフラー穴を直撃したからなのかなあ〜。3〜4回イグニッションを回し、次にアクセルを煽ってみました。すると真っ白な煙を吐いてエンジン始動。EFIって煽るってことをしなくていいんじゃないの?キャブのVTRだって、チョークは引くけどアクセルを煽ることなんてしないのに・・・。
まあ良いわ。姫路市内に入り渋滞に捕まりました。1台になったので車列が停まったら前にと進んでたら、先に出発した3台に追いつきました。また団体行動で渋滞にハマってたら、他の3台が高速入口の方に左折していかれました。僕はもう少し走って、往路同様の道を帰りました。
加古川を渡る頃日没になり、三木市街地を越えたら闇が深くなり、「志染」付近のr38では、ライトをアッパーに切り替えながら走る状況になりました。そして気温がグングン下がってきます。手の指の感覚がなくなっていきます。クラッチを握る筋力は付いたと思ってたのに、動作が辛くなって来ました。
「どっかで休憩しようかな?」「ガソリンメモリが2つになったので、GS休憩がいいかな?」と思いながら、結局家の近所までノンストップで来てしまいました。18:44、宝塚出光有人スタンドで給油。281km/12L=23.4km/L。カードの出し入れをしただけなのに、指先の感覚が戻りました。クラッチ動作も快調です。
19:00、帰宅。「ただいま」「おかえり。寒かったでしょ」って、うどんとお風呂が用意されていました。バイク装束を解いてお風呂です。天国・・・極楽・・・幸せというのはこういうことを言うんだ。30分ぐらいゆっくり温まって、家内の大好き番組「モヤモヤさま〜ず」を見ながらうどんを食べました。
そう言えば、TIARAさんで「カキオコが食べ足りなかった」とお食事を注文された方が半数いました。当然今頃は夕食を食べておられるのだろう。食欲旺盛だなあ。この日のモヤモヤは、京都1時間・滋賀1時間・東京1時間の3時間スペシャルでした。でも滋賀でダウンして9時に布団の中の人になりました。

2012/12/3
日曜日は、琵琶湖の学連レースにコーチングに行きました。今年最後の琵琶湖です。家内も休みなので、清水寺〜東福寺〜嵐山・天竜寺の電車コースを考えて渡しました。方向音痴で、平気で逆方向に行っちゃうので、何かとサポートが必要です。
家内を乗せて6時に家を出ました。6時拝観開始の清水寺に一緒に行こうかと思ったけど、5時出発は厳しいということなのでこの時間になりました。家事があるからその1時間前に起きないとだめだから主婦は忙しいです。
6:07、最寄りGSで給油。まだ1/4残ってるのに44Lも入りました。車は大食いです。中国道〜名神で東進すると、山並みと上空の雲間に朝日が上って来ました。6:15ぐらいにならないと明るくなりません。う〜む。後1ヶ月すれば、朝が早くなりだすけど、早朝活動好きな僕はしばらく遅い朝を我慢しなきゃな。
京都南ICで下車し、R1を北上して「東寺」に向かいます。なんだか前方の路上にでかいものが・・・トラックでも停まってるのかな?と思ったけど、なんとワゴン車の横転でした。片側2車線のうち1.5車線を塞いでいます。事故の相手方と思われる車両が、横転車のお腹にぶつかったように止まっています。横転ワゴンのバックドアが開いており、そこから荷物を下ろしてるみたい。落ち着いてやってるようなのでけが人はいないのかも?不幸中の幸いです。パトカーも救急車も来ていません。今事故を起こしたとこのようです。そこを抜けると、赤色灯を回しながら警察車両が対向車線を走って来ました。サイレンを鳴らしていないので、人身事故ではないみたい。良かった〜。
京都の南の玄関・「東寺」五重塔を横目に東進し「九条通」、鴨川を越えると道なりに「東大路通」に入ります。七条の「智積院」を過ぎ、五条交差点を右折した「大谷廟」前で家内を下ろしました。「そこの道を上がったら清水寺だから・・・」。
R1で東山を越え、「山科」の京都東ICとの合流から、いつもの「西大津バイパス」に乗りました。「皇子」で下り、7:11・R161紅葉館前のローソンでおにぎりを購入して「柳が崎YH」入りしました。皆んなに挨拶し、新キャプテンとあ〜だこ〜だ。体操後のブリーフィングで、レースのことをあ〜だこ〜だしゃべってレスキューに乗り込んでおにぎりを頬張ります。8時になりレース本部に出艇フラッグが上がり、レース艇が次々に出艇していきます。
監督さん・3回生女子マネさん・1回生2人でレスキュー出艇です。朝日が入った琵琶湖が綺麗で、陸上から激写したけど、湖上に出るとバックの比叡山山頂付近が白いです。朝名神で京都盆地に入った時、北山が雪化粧してたけどここの紅葉のオレンジ色の上に雪が載っています。激写。
比叡山から北に目を移すと、比良山系がもっと濃く白くなっています。それらをバックにレース海面に向かう各校のレース艇が素敵です。激写%激写。琵琶湖の北東遠くに、白い山が見えます。伊吹山ですね。その手前の低山の上をなにか飛んでいます。レース観戦用の双眼鏡で見ると、熱気球が20機ぐらい飛んでいます。熱気球の大会でしょう。予報風速が弱いので、上天気と相まって絶好の空の散歩日和ですね。
大津市の予報風速は、6時3m/s以降はずっと1m/sです。大津港からの南南西の残り風のなかでR1スタート。土曜日に6レースを消化してるので、本日のレースは残り2レースです。大会運営も今日の風予報を考慮し、昨日頑張ってギリギリまでレースをしたのですね。スタート後どんどん風が落ちて、先頭艇が1上マーク手前の所でNフラッグが上がりノーレースです。「もうレースは出来ないかも?」なんて思いながら、部員とあ〜だこ〜だ。
しばらくすると再び大津港方向からソヨソヨ風が入りだし、R1スタート。三井寺方向からの鉄則・右からのブローがやはり入り、右海面に展開した艇が1上上位で回航していきます。
470級は、トップ艇フィニッシュ後20分というタイムリミット以内にフィニッシュできた艇がたった8艇で、大量DNF(Did not finish)です。R1終了後、乗員の交代です。レスキューに乗ってた1回生が乗り込み、レースを終えた1回生2人が上がってきます。タイムリミットに引っかかってフィニッシュできなかったけど、とても面白かったようであ〜だこ〜だ楽しそうに話しています。「あ〜不消化や〜、レースに出たい〜」って。どんどんヨットレースの面白さにハマってね。
しばらくの風待ちの後、60度方向からブローが下りてきました。双眼鏡で見ると琵琶湖大橋まで風が続いているようでレースができそうです。R2スタート。強弱があるものの2〜4m/sの中でレースが出来ました。
これでレース予定数をこなしたので、本部船にAP/Aフラッグが上がりレース終了です。各校それぞれに本部船付近に寄ってきて、「・・大学です。ありがとうございました」。こういうところが学生スポーツの好きなところです。プロスポーツに比べるとレベルは落ちるのだろうけど、爽やかさとキビキビした感じはずっと上です。これが変わらない人気の秘密でしょう。若い奴は素晴らしいよ。
ハーバーバックし、レース艇の解装途中でブリーフィングがあり、最初に僕からあ〜だこ〜だ。最後に監督さんが、あ〜だこ〜だ。これで帰宅の途に着きました。今年の卒業生は運営でレース後に話せなかったので、キャプテンに卒業クルージングのことを託けました。次の週末で今年の練習の最後だから、その次の日曜日に西宮から大阪湾に出ようかな?と勝手に考えています。
13時半なので、家内をピックアップしようかと思いましたが携帯電話を忘れましたよ。そのまま15時前に帰宅しました。家内に電話すると、もう地元に戻ってきててバスで帰るとのこと。
琵琶湖の湖上は、昼になっても気温が上がらず寒いままでした。ヨット用のコースタルカッパ・帽子・ネックウォーマー・手袋で完全武装で寒くはなかったけど冷えました。まず風呂です。朝一に風呂に入ってるから2度目の風呂です。夏も水風呂行水が増えるけど、これからの時期も風呂でぬくぬくにならなくちゃね。風呂から上がると、家内が買い物袋を下げて帰ってきました。中途半端な時間だったので、TVを見ながらだらだらあ〜だこ〜だ話し、20時に寝ました。
清水寺から絶景を望めたそうです。「京都タワーが綺麗だったよ」って。土曜夜の雨で、盛りを過ぎた紅葉が瑞々しく輝き、先週の永観堂ライトアップより良かったそうです。来週は家内に用事がありツーリングで、再来週はクルージング。その次2人でどこかに行けるといいな。雪降らないでね。

2012/11/26
日曜日は、家内と大阪でヤボ用の日です。土曜日の早朝ツーリングで、北摂里山の紅葉がいい感じだったので、朝5時前に起きてきた家内を朝の紅葉狩りに誘いました。
6時出発予定でしたが、少々遅れ気味に家を出ました。冬用バイクジャケットパンツを家内は持っていないので車出動です。長尾山トンネルを抜ける頃明るくなりだし、r33「玉瀬」で初激写・6:50です。武庫川からの朝霧が西風に乗って低山を越えて「境野」の山に掛かっています。農作物の収穫が終わった田畑や畦には白く霜が降り、初冬の朝の空気を凛と引き締めています。
こんな時間なのに、真っ青な上空高く航空機が飛んで飛行機雲が素敵です。この上空には航路があるね。全山紅葉の里山の上から夜明けです。夜明け前のとこはダーク色のオブラートが掛かっていますが、一足早く朝日を浴びた一部だけが鮮やかな朱色の山肌を見せています。そんなコントラストがまたいいな。
r33からr319に入り、お気に入りポイントで停車し、2回目の激写タイムです。「上佐曽利」交差点を左折し、お気に入りロードr323を西進します。7:08、「波豆川」の定点観測ポイント「八坂神社前」で3回目の激写。東の低山の影でまだこの里は日の出前ですが、北や西の山は朝日を浴びてオレンジ色に輝いています。家内も「綺麗ねえ」って大喜び。僕の待遇も、これで少々アップかも?波豆川バス停から北の大船山や北西の低山の景色が一番きれいだったかも。
更にr323を西進。「大坂峠」を越えて、次の里・「高平」です。土曜日に発見した「蓮華寺」の真っ赤に朝日が入り、更に鮮やかになっていました。山の中腹で目立つ三重塔が真っ赤を従えているみたい。
更に西進し、家内に一番見せたかった「市之瀬の大銀杏」に到着しました。「岩神社」に車を停め、まずお参りです。昨日は6円だったけど、今日は10円玉がありました。チャリン。「元気な男の子をお願いします」。
7:28、激写タイム開始。昨日も良かったけど、朝日が入り、今日は更にいい表情で僕らを迎えてくれていました。畦や田畑の霜が白く、その上にイチョウの落葉の黄色い絨毯、バック下方に常緑樹、上方の裏山は朱色に紅葉、そしてその上方の真っ青。それらをキャンバスにして、真っ黄色の大銀杏が朝日に輝いています。「何・・・この素晴らしさは・・・」。
r323をバックし高平に戻り、「木器亭」のところから枝道に入り、7:41「伊丹市・野外活動センター」で人工的に作られた西洋風の紅葉を散策します。霜で白くなってる芝生に、西洋風の三角に手入れされた高木もオレンジに色づいていますが、人がコントロールせずに恵みを頂いているだけの里山の色づきの方が点数は上のようです。
帰路の車内で外を観ていた家内が下を向きだし寝ちゃったみたい。僕に安心しきって目を閉じてる横顔を見ながら、僕には最高の伴侶だなとまた好きになりました。8:30、帰宅。

9時にリード110にタンデムして大阪に向け、あらためて出発しました。18:00に用事を終え、本日のデート第2部・初お京阪大阪〜京都です。最初各駅停車に乗ったのですが、駅間が短く遅いので、車内放送に従い「守口市駅」で準急に乗り換えました。車体色が変わりスピードも上がりました。更に「枚方市駅」で、また車内放送に促され特急に乗り換えました。また車体色が変わり、2枚合わせ扉から1枚扉になって景色が広く見えます。でも京阪沿線は家が建て込み、景色はイマイチね。
車内の路線図を見ながら、「八幡市駅」からは男山にケーブルで行けるんだ。「淀駅」近くに「淀城址」があるのかな?「丹波橋駅」・・・こんなとこは丹波への玄関口じゃないから、どんな謂れがあるのだろう?「伏見稲荷駅」「東福寺駅」って、JR奈良線に並行して走ってそう。などと頭の中でクルクル考えながら、快速のショート旅を楽しみました。
降車する「三条駅」に着きました。地上に出ると、目の前に鴨川が流れバスターミナルがあります。春の花見で何度も通った鴨川沿いの道ですね。このバスターミナルも見覚えがあります。ここからバスに乗り換え、「東山・永観堂」を目指す予定でしたが、面倒になったのでタクシーに乗車しました。三条を東進し、永観堂のとこから北上して行くのかなと思ったら、交通量の少ない二条通まで狭い道を上がって東進して永観堂前の南北バス道に出て永観堂への枝道に入りました。さすがタクシーです。永観堂バス停は19時を回ってるのに、たくさん並んでいます。「え〜、予想外に人が多いぞ」。枝道も、永観堂方面からたくさんの人が歩いて来ます。永観堂門前からはもう無理で、ここで下車しました。870円也。
永観堂の夜間ライトアップに来ました。家内の両親始め一族が分骨されているので、そのお参りも兼ねてです。いつもは、お参りの旨を伝え、永観堂の末寺である家内実家のお寺さんの名前と訪問者の名前を書けばフリーパスですが、さすがに特別夜間拝観なので正規拝観料を払います。600円×2名也。
19:29、激写開始。お墓参りで年2回は来てる永観堂ですが、こんなに大勢の人がいるのは初めてです。家内は、「おばあちゃんも「大勢やねえ」って喜んでるわ」と義理母の口真似をしています。「見返り阿弥陀様」で有名な永観堂ですが、観光スポットとしては、「紅葉の永観堂」の方が有名です。秋の京都の観光パンフレットには、鮮やかな紅葉の向こうに見える多重塔の写真が定番です。こんな時間なのにお若いカップルさんも多く、ここ一番のお洒落で決めた女子がいっぱいで僕のハートも悩殺され気味です。僕がもし結婚前に家内をこの時間まで引き回したら、お父さんに大目玉だな。
19:56、最後の激写を終え帰路に着きます。バスでJR京都駅まで帰る・・・激込みバスが予想されNG。永観堂駐車場の臨時タクシー乗り場ならすぐに乗れて楽・・・2000円以上掛かりそうでNG。いつものように、地下鉄・蹴上駅まで歩くことにしました。
永観堂を出て、南禅寺の方に歩きます。永観堂内の喧騒を離れると、一気に暗い道です。でもまあライトアップ目指す観光客は歩いてるし、南禅寺前駐車場には観光バスもいます。
インクライン前を通り、20:15・蹴上のレンガ・トンネルをくぐり、蹴上駅〜地下鉄東西線〜山科駅。20:34、JR山科駅前ハートインでおにぎり4つ・420円購入。JR姫路行き新快速内でおにぎりを食べ、JR尼崎〜JR宝塚線〜JR伊丹着。そこから通勤リード110タンデムで10時頃帰宅しました。

2012/11/21
日曜日は、「SL北びわこ号」を観に行きました。バイクでSLと伴走し、それを車載ムービーに収めたいと思っていました。日本各地でSLが走っていますが、通年で走ってるのは近くても静岡県や山口県です。日帰りでは無理です。唯一日帰り可能なのは「SL北びわこ号」で、2月と11月に運行されています。今年は11月の日曜日と12月最初の日曜日に走ると時刻表が発表されました。
11月の日曜日で唯一開いたこの日は、バイクツーリング北摂会の「小浜海鮮ツーリング」の日でもあり、10:09米原発〜10:52木ノ本着を追っかけた後、小浜でグループツーリングに加わることができます。
SLに伴走する道を探索するため5時出発予定でしたが、4時半に目覚め天気予報とグループツーリングの予定をチェックしてたら5:30出発になってしまいました。北陸の天気が微妙で、ツーリング中止になる可能性が高いです。
寒いと思うので、下はスキータイツ、上は丸首ニット+セーターを着た上にKOMINEウインターパンツ・ジャケットにしました。招き猫CB400SBリアボックスにカッパ・カメラ・工具を積んでGOです。
中国道・豊中ICから北陸道・木ノ本ICまで高速道利用します。気温は8℃ぐらいの高速道路なのでもっと寒いと思っていましたが、さすがバイク用ウインターウエア、全く寒くありません。
名神に入り、6:25、大津ハイウェイレストランで休憩。手巻きツナマヨ105円×2=210円購入し、1個食べて朝食にします。お隣の席のバイク装束の人も朝食のようです。カワサキニンジャ1000の方でしょう。駐輪バイクは2台だけでした。7:34、多賀名鉄レストラン休憩。柿の葉寿司3個入り・360円がウマそうだったので購入。これは家内へのお土産です。18:30から一緒に映画を観る予定になってます。
SLの出発駅・米原ICを過ぎ、北陸道に入って「神田PA」で最後の休憩です。ここで車載カメラをセットしました。もう少し早くセットする予定でしたが、「八日市IC」を過ぎて琵琶湖東岸を北上しはじめると、少しだけ小雨が降ったからです。結局この日は、SL追っかけ時間を除いて、冬のしぐれのように定期的にパラっと来たり晴れたりの繰り返しが帰りの高速手前まで続きました。カッパを着る必要もなく、スクリーンに水滴が付く程度が殆どでした。
ハンドルに、新規導入「アルキャンハンズ・アジャスタブルハンドルブレース(メッキ)・汎用(22.2φハンドル用)・260〜320ミリ」をセットしたので、それに初めてGPSバックをセットします。リアボックス前には、2代目招き猫さんが僕を守ってくれています。初代は、「岡山県吹屋・横溝正史八つ墓村ロケ地ツーリング」の時の往路で、高速道路に落としてしまいました。あれはやはり「スケキヨの呪い」だったのでしょうか?
「木ノ本IC」を下りて、まずJR木ノ本駅を偵察。8:44、「一光ルート8木ノ本店」で給油。309km/13.21L=23.4km/L。5時自宅出発〜7:30木ノ本〜2時間掛けて撮影ポイント探索〜9:30JR米原・SL出発激写の予定でしたが、大幅遅れです。
探索しながら米原に戻る時間がないので、勝負の長浜〜木ノ本間に絞ります。JR北陸本線東側をポイントを探しながら南下します。JR高月〜JR木ノ本間に線路と平行にまっすぐ伸びる農道があります。キープ。北陸本線にしばらく沿ってから関が原に抜けるR365に乗って、高月駅の次の河毛駅付近まで南下。北陸本線は西にR8・東にR365〜r263〜r556が走ります。交通量の多いR8はSL伴走にはNGです。R365からr263に入り、南下しながら更に線路に近い農道狙いです。
r263に乗った所で9時になったので、「北摂会」のリーダーに電話します。予想通り雨予報50%でツーリングが中止になっていました。有志で天気のいい高野山〜龍神スカイラインに行くそうです。僕は無理ね。
JR河毛駅〜JR虎姫駅間にもいい道がありました。キープ。線路から離れ、r510を南下してると、9:18「國友銃砲店」の幟が目に入りました。本日の目的とは関係ないですが、歴史好きならここはぜひとも寄っておかねば。緊急停止し、カメラを持って「戦国バス乗降所・国友銃砲の里資料館」の案内板に導かれるように走り出しました。近江国友は、国内有数の鉄砲鍛冶集団です。いち早く種子島をコピーし、本家種子島より優秀な鉄砲を作り出し、それを大量発注した織田信長が武田騎馬軍団を破り、天下に号令しました。信長後は羽柴秀吉、そして徳川家康と天下人に大量発注元を変えながら時代の裏舞台で重要な位置を占めました。
そして我が長男くんも、大学時代のライフル射撃部で國友さん京都店でお世話になり、銃はドイツ製ですが弾丸その他は國友さんだったはずです。長浜市国友町。「國友源右衛門屋敷」、「國友源重郎商店」発見。その駐車場には猟犬を入れた檻を6つ載せたワゴンが停まってる。猟期に入ったものね。6匹も積んでる車に会ったのは初めてです。銃や弾丸の相談で来られているのでしょう。屋敷を囲む長い塀がカッコいい。「鍛冶師・國友彦衛門屋敷」の石柱。いいものを見つけました。
JR長浜〜JR田村間にもいい道がありました。キープ。JR田村駅の南にもいい道があり、ここで9:53。探索を中止して、来るべき1度のチャンスに万全の準備をすることにしました。残雪の残った伊吹山が綺麗。国友町まで降っていた小雨も上がり、晴れてきました。ナイス!天は我に味方せり!
ここからSL伴走し、JR長浜駅で停車してる間に「河毛〜虎姫」間のキープ道に移動し、木ノ本まで各駅停車してる間に再び追い抜かし、「木ノ本手前」のキープ道で3回目の伴走です。完璧な計画が出来上がりました。JR普通車両が来たので試し撮りしてると、僕の位置よりもっと線路に近い農道にポツンと停まってた車から人が出てきて三脚カメラの方の隣で話し始めました。その時が迫ってきます。
10:10を回り、三脚カメラが構えられました。車載ムービー・スタート!「おっ、SLの音」、やってきました。SL視認!招き猫CB・スタート!「おお〜、意外にSLが速い」、SLに置いていかれます。「これはイカンぞ!」。遅れながらもSLと伴走できました。感涙・・・
r556を北上しJR長浜駅で乗降してるSLを追い越す予定でしたが、駅手前で汽笛が鳴りSLが出てしまいました。R8を越え、r263を北上します。「姉川」手前まで、2度目の伴走予定でしたが、SLの影も見えません。SL、速い。SL激写ポイント・姉川土手を一眼レフ三脚を担いで満足気に車に戻ってる撮り鉄さんがいます。
r273をちょっと線路向きに走り、再びr263。JR虎姫駅手前で、また汽笛が鳴りSL出発・・・追いつけません。「虎姫駅〜河毛駅」間も伴走ポイントだったけど・・・待ってくれ〜。「河毛駅」には目もくれず、北上します。r273に出て左折し、線路にアプローチします。汽笛はまだ聞こえないから、まだ河毛駅を出発していないのかも?
北陸本線の下を抜けたところも、撮り鉄ポイントのようで、三脚一眼レフが並んでいます。ラッキー、まだ来ていないようです。北陸道高架脇にバイクを置き、一眼レフ持ってスタンバイ・・・来ました・・・北陸道の下を抜けて、黒煙を吐きながらSLの登場です。少々勾配があるようで、ここは遅いです。ムービー撮った!撮り鉄さんと客車内のお客さんが手を振り合っています。僕も手を振ります。う〜ん、最高!
走ってバイクに戻り、最後の伴走チャンスに掛けます。終点・木ノ本駅の1つ手前の「高月駅」でも停まります。ここが最後の追い抜きチャンスです。線路の西側を走るR8に出て北上します。「高月駅」を越えた所の交差点を過ぎる時線路方向を見ると、踏切が閉まっています。「やった、抜いた」。次の交差点を右折し、線路にアプローチ・・・「ん?踏切が開いてる」・・・あ〜SLは通過したみたい。
線路の西側に出たのがミスロードでした。当初の予定通り、東側から攻めるべきでした。線路を渡り、東側のR365を敗戦の将のような気持ちで北上します。でもまあ、初めてのSL伴走チャレンジで1度伴走できたので上出来です。道も少々頭に入ったので、次回のチャレンジに生かしましょう。
10:58、「JR・木ノ本駅」に到着。「13:16・米原発〜木ノ本行き」に間に合うように、ここから機関車に引っ張られてバックします。一眼レフに持ち帰るとすぐ踏切警報機が鳴り、電気機関車がやってきました。「EF65-1124」号。木ノ本駅に停まってる蒸気機関車の勇姿を激写します。「梅・C56-160」号。京都の梅小路運転区所属ってことでしょう。電気機関車に比べ非力なんだろうけど、力強さを感じます。働く機械の代表です。コンピューター制御のわからん精密機械より、人間味があっていい。
僕は国鉄・甲子園駅の近くで生まれました。ヨチヨチ歩きの時、甲子園駅のSLと甲子園浜のヨットが大好きで、お散歩でここに来ると動かなかったそうです。幼稚園のマークは迷わず蒸気機関車を選びました。そして高校からヨット部です。僕に記憶はないけど、母親は驚いたそうです。「三つ子の魂、百までも」。
駅を渡る廊下から、上からSLを激写。反対の西側に降りて、引っ張られて帰るSLを見送りましょう。ホームで親御さんに手を引いてもらいながら、あるいは抱っこされて観てる小さな子に、機関車から下りてきた運転士さんが話しかけて手を振っています。小さい子にとって、列車の運転手さんはヒーローだから、潜在意識に残るね。将来、JRの運転手さんになるかも?
踏切の遮断機が下り、「SL出発か?」と思ったら、名古屋行き特急・しらさぎが通過しました。車内放送で、「SLがいるよ」とでも言ってるのでしょうか、ゆっくり通過します。
また遮断機が下りました。運転手さんが身体を出し、SLの方に行ったCo運転手さんを待っています。Co運転手さんが走ってきて乗り込み、「ピー」という独特の甲高い汽笛を鳴らしてます。それに応えるように、最後尾のSLもSL独特の汽笛を長く鳴らし車両が動き出しました。Co運転手さんが窓を開け、プラットホームのお見送りさんたちに手を振ります。それに応えるお見送りさん。いいね・・・
さあ帰ろうと踏切を渡りバイクに戻ると、雨が落ちてきました。急ぐ旅でもないので木ノ本駅で雨宿りです。11:42、JR木ノ本駅内・「ふれあいステーション・おかん」で、チョコスティック500円購入。これもお土産です。
11:50、雨が止んだので出発します。R365〜R303に乗り、「八草トンネル」を越えて岐阜県に下り、天気予報で「晴れマーク」だった岐阜県側を「関ヶ原」まで下る計画です。でも、八草峠方面の上空は雲に覆われています。1つ目のトンネルを抜けると、雨でした。雨脚が強くなってきたので、「八草峠」を諦め、次の交差点でr281に右折して雨を回避しました。すぐに雨エリアを脱出し、晴れエリアに入りました。道なりにr332になり、R365と交差しR365にチェンジ。これで関ヶ原に向かいます。
「小谷城址」とあったので、寄り道します。資料館があり、城址・大手道登山道がありました。R365に戻り先に進むとすぐ、小谷城址の途中まで上がれる車道の分岐がありました。R365のこのエリアは「浅井三姉妹街道」と言う別名がついてるようです。真正面に伊吹山がそびえ、なかなかいいです。伊吹山へ続く水田の広がりの中を進みます。ここを本拠地にした浅井氏は、伊吹山以南の南近江程ではないにしても、石高の上がる裕福な大名だったんだろうなと想像できました。
「姉川」を渡りながら、ここらが姉川の古戦場だなとキョロキョロし、やがて関が原に入りました。「関ヶ原ウォーランド」、続いて「石田三成の陣跡」「徳川家康の最後の陣所」「関ヶ原古戦場決戦地」と案内板が飛び込んできます。次男が保育園の時、ここを巡ったことがあります。彼の名は、徳川家臣団のある方から頂いたのですが、思いがけずその武将の陣所も表記されており、「同じ名前やで」って教えてあげました。何でもお兄ちゃんに敵わない次男が、ちょっと誇らしげな顔で「強かったん?」って僕に聞いてきたのを覚えています。北は「小谷山城址」から南の関が原まで、歴史史跡の宝庫ですね。
JR東海道線と名神高速道路の下をくぐって、関ヶ原市街地を通り抜けました。イエローセンターラインで、交通量は少しあるものの、ここからのR365は快走路です。50〜60km/hで気持よく走れました。関ヶ原の南から始まる鈴鹿山脈の東側を南下します。岐阜県から三重県に入ると、右手に滋賀県都の県境になる鈴鹿山脈の高峰の峰々が連なり始めました。やがて「滋賀県・多賀」から峠を越えてやってきたR306が右から合流し、R306・R365の共用区間になります。そして「四日市」に向かうR365と別れ、R306に乗り換え鈴鹿山脈の東側を南下します。
「石榑峠」を越えるR421との交差点が現れ、右折して鈴鹿山脈に向かいます。三重県側は晴れていますが、山の上に怪しげな雲が掛かっています。風向が北西なので、琵琶湖を渡った雲が鈴鹿山脈に当たって滋賀県側に雨を降らせるパターンですね。まあ、天気予報通りだと降ったとしても平地に下りるまででしょう。
「石榑峠」は、バイクに乗り出した4年前から「いつか通るぞ」と思ってた峠です。写真で見た荒涼とした景色と、大型車を阻む無粋なコンクリートブロックで狭められた門に惹かれました。運転技術向上に励んでいる間に「石榑トンネル」が開通し、廃道になってしまいました。とても残念です。でもかなりの高所まで僕を運んでくれるはずです。あの荒涼とした景色の一端を望めるかな?楽しみ。
駐車場があるなと思ったら、「宇賀渓」でした。まだゆるい勾配の山登りなのに、意外に低いところにあるんだな。この時期の目当ては紅葉だろうけど、R421沿いの木々はイマイチです。そのままのゆるい勾配で「石榑トンネル」になってしまいました。まだ山の下の方です。荒涼な景色など全然・・・。トンネル入口横を上る道が峠に向かう旧道でしょうが、「通行止め」看板が上がっていました。
峠よりかなり標高の低い所に始まるトンネルなので長いです。いい加減飽きた頃に滋賀県側に抜けました。トンネル内に、「出口付近・凍結注意」という電光掲示が何度もされていたので気になりましたが、雨も降っておらずラッキーでした。
滋賀県側の方が標高が高いようで、紅葉の進み具合が違います。トンネルを抜けたところに路肩が大きく広がった所があり、車が数台停まっています。お目当てはすぐわかりました。北側の谷を挟んだ斜面の紅葉です。かなり見事でした。特に常緑樹の緑と色づいた落葉樹のオレンジ・朱や黄色とのコントラストが絵になります。13:58、もちろん停まって激写しました。
琵琶湖に向かって下ります。気温6℃と電光表示されています。14:00という1日で最も高い気温のはずなのに・・・夜間・早朝は、マジで凍結注意ですね。でもさすがにウインター・バイク装束の威力、全く寒さを感じませんでした。素晴らしいね。滋賀県側も、渓谷沿いをなだらかに下る道でした。2度ほどバイクを停め、激写タイムしました。
更に下ると、渓谷は「永源寺ダム」になり、更に下っていると右手の川向うに見事な紅葉に堂塔が見えてきました。これが永源寺だなと、寄り道することにしました。野生の勘で右折した道はミスロードでしたが、素敵な紅葉が待っていました。14:19、激写!
R421に戻るとすぐに永源寺駐車場がありました。大きな駐車場でお客さんがいっぱいです。ゆっくり紅葉見物ができそうもないので、パスして更に下りました。当初、R307に乗り換えて「信楽」まで南下し京滋バイパス〜名神〜中国道というルートで、名神・新名神合流渋滞を回避する計画でしたが、15:00になり残り時間が少なくなって来ました。18:30に自宅最寄り映画館で家内と約束しています。
そのまま「名神・八日市IC」から名神に乗りました。危惧していた新名神との合流渋滞も3km表示でした。「菩提寺PA」で休憩です。名神に乗ってすぐ追い抜いていったスクエア・サイドボックス・BMWバイクが1台先客さんでした。小腹が空いたので、近江牛コロッケを1個購入しました。BMWさんも同じくコロッケを頬張っていたので声を掛けると、雨の土曜日にテントキャンプしたそうで、「芝生サイトだったのでバイクがコケた」とか。僕の隣町・尼崎の方でした。コロッケを食べ終わり、お先に失礼しました。
ありゃ〜、PA前まで渋滞が伸びていますよ。「難儀やなあ〜」と思いながら20〜30km/hほどのスピードで進んでいると、対向車線の事故見物渋滞でした。以降は大津・京都も混まずに帰宅できました。
バイクを乾拭きし着替え、通勤リード110に乗り換えて、17:30に映画館に向かいます。家内に電話すると、外出先から帰宅せずに直接映画館に向かい、もう着いてるそうです。
18:30上映の「のぼうの城」を観ました。天下人・豊臣秀吉軍が唯一臣下に降らなかった小田原北条氏を攻めた時の物語です。北条方の枝城・「忍城」を攻めた石田三成主将の豊臣軍2万が、城代・成田長親率いる守勢500を囲みます。成田長親は「でくのぼう」と呼ばれた覇気のない男ですが、領民に慕われており、城内外の領民を加えた総勢2000で対抗し、手強しと悟った石田三成は備中高松城攻めで秀吉が使った水攻めにすることにし、総延長28kmにも及ぶ堤を築いて攻めましたが、とうとう城を守り抜きました。最後は、主城・小田原城の陥落もあり、守勢の帰農を条件に開城しました。
小田原遠征で唯一落ちなかった城として有名ですが、エンディング・テロップの後ろに流れた現在の忍城址を見ながら、こんな平城でよく守ったなと驚きました。以前見学した備中高松城とあまり立地が変わらないし、かたや高松城の主将は勇将・清水宗治・・・。改めて領民の人心をつかむことの威力を感じました。
映画自体は、攻める側の石田三成、大谷吉継、長束正家らも悪役とは描かれず、気持よく映画の世界に浸れました。映画館を出た後の家内の第一声「ああ、面白かった」に代弁されるいい映画でした。早速、忍城関係の小説を2冊注文しちゃいました。

2012/11/12
日曜日は義理母の7回忌法事でした。家内と姉の2人姉妹ですが、とても仲がよく毎週なんだかんだと電話やメール連絡しあっています。僕も結婚前から姉夫婦の家に遊びに行ったりしてたから、子供が生まれても2家族でなし狩りとかキャンプとか楽しく交流させていただきました。子どもたちが巣立った今は、夫婦2組で低山登りを楽しんでいます。
土曜日に子どもたちが帰ってきました。長男夫婦は昼過ぎに帰ってきて、車で何処かに出かけたようです。お嫁さんが2月出産予定なので正月帰省が難しそうだから、きっと我が家のお墓参りにでも行ったのでしょう。墓参りの好きなやつですから。
定時より少し早めに仕事を切り上げ20時過ぎに帰宅し、次男が帰ってくるのを待って家族5人で回転寿司で夕食にしました。席の横の壁に備えられたタッチパネルで注文できることを息子たちに聞き驚いた前回ですが、今回はそのタッチパナルが外せることに驚きました。
1週間前、長男夫婦はラスベガス旅行に行っていました。妊娠も安定期の7ヶ月なので、しばらく赤ちゃんに振り回されるから最後のチャンスを使ったようです。そのお土産をもらいました。お嫁さんご贔屓のHOLLISTERです。アメリカにしかない店舗だそうで、男性と女性の店員さんがいるのですが、男性陣はみんなマッチョで美男子だそうです。手提げ袋も袋も美男子写真です。次男はパンツ、家内は・・、僕は今月の誕生日を兼ねてヨットパーカーでした。「こりゃいいぞ」。
この旅行でグランドキャニオンに行き、スカイダイビングもやりました。長男夫婦と姉んとこの長女さんがFaceBook友達で、「標高6000mからダイブ」してる写真が長女さん〜姉〜家内という流れで先週の当日僕にも流れて来ました。インストラクターのお腹にくくられた長男が、「ギャ〜」の声が聞こえてきそうな大きな口を開けた姿で写っており、余裕のインストラクターは笑顔でカメラ目線です。長男に聞くと、時計型のカメラで連写した1枚だそうです。ビデオも撮ってくれるのだとか。
日曜日は、家内の実家がお世話になってるお寺さんで11時法要開始なので、9時に家を出ました。中国道〜山陽道で三木小野IC下車。まずお墓に参ります。あいにくの雨だったので、お線香も省略し手を合わせただけでした。2日前にお墓詣りした姉が飾ったお花がまだ綺麗でした。ユリの花が数本余分に追加されており、いつもより奮発したのがわかりました。
加古川市街地に入り、次男が設計した建物のその後を見たくなって寄ってみました。長男夫婦にも見てもらいました。ここは自社物件で、事務所に社員さんがおられたので次男がいろいろしゃべっていました。その後の使い勝手などを聞いていたのかも?
10:50、お寺さんに到着。母の兄弟や家内の従兄弟たちをお迎えする立場なのにギリギリになってしまいました。「すいません。遅れました」とオバチャン達に挨拶し着席。最近は椅子席になって有難い。お陰様で足のしびれに難儀することもありませんでした。
ご住職は大学を卒業してからまだ5〜6年とお若いです。家内の実家は、黒田官兵衛の奥さんが出た播州志方城のあった場所に隣接地でした(多分当時の城内)。そこから市街地に出た時、このお寺の先々代ご住職も近くに出てこられました。それ以来の関係で、2年前に亡くなられた先代も毎月の月命日に実家に来られていました。若い住職さんはその息子さんで、家内や姉は子供の時から知ってるようです。ウィークデイはお勤めをしながら住職の跡を継がれました。兄・姉の大学の後輩でもあります。
3回忌の時、先代が入院中で初めてこのお若い副住職さんが法要に来られました。その時を思うと、今回は随分と落ち着いた法要でした。先代は法要後にお話をされ、それが楽しみでしたが、今回若いご住職さんもお話をしてくださいました。「六波羅蜜」の話でした。波羅蜜の言葉に何の意味もなく、サンスクリット語の「ハラミタ」を中国で漢字を当てただけの言葉です。

『京都 六波羅蜜寺
六波羅蜜とは・・・
迷いの満ちたこの世界(此湖)から、悟りの世界(彼岸)へ到るための六つの修行をいいます。
1:布施
見返りを求めない応分の施しをさせていただく事をいいます。見返りを求めるのではなく、誰に対しても惜しみなく施すことです。これは自分が幸せになるためには、まず人を幸せにしなくてはならないという、「二利同時」の仏教の根本的な精神の実践です。
2:持戒(じかい)
・生命のあるものを殺さない
・他人の物を盗まない
・嘘や偽りを言わない
自らを戒めることが肝要です。
3:忍辱(にんにく)
いつも心を平静に保って、他から加えられる屈辱や苦痛に耐え忍ぶこと。蔑まれても怒らない。おだてられても喜ばない。これが出来れば、苦痛の多い現代社会において、自らが他の存在に生かされていることがわかり、すべての人の心を我が心とする仏様の慈悲に通じることとなります。
4:精進
心身を励まして、他の5つの波羅蜜を修める努力を継続する事を言います。我々人の生命は限りがあります。ひとときも無駄にすることなく日々誠心誠意尽くすことです。
5:禅定
静かな所で座禅をすること。冷静に第三者の立場で自分自身を見つめることをいいます。
6:智慧(ちえ)
我々は本来仏様の智慧を頂戴してこの世に生をうけております。しかし、貪りや怒り愚痴によってその大切な智慧を曇らせてしまいがちです。布施・持戒・忍辱・精進・禅定の修行を実践し、万物の実相を知り、それを会得することが真の悟りとなります。』

のプリントが配られ、仏の心・幸せに生きていく術を教えていただきました。当たり前のことがなかなか出来ないのが人という者です。一休上人は、「智慧をたくさん持って生まれた稚児が、世間を泳ぐ知恵を得て智慧を失っていく姿が悲しい」と言ったそうです。
う〜む、現在のような法律やそれを守る警察というものが未整備だった時代は、強い者が法律であったわけで、そんな世に一定の秩序を保ったのが宗教だったんだろうな。ありがたい話でした。「六波羅」と言えば、鎌倉幕府の京都探題があった場所としか認識していなかった僕に、「六波羅蜜」という仏教の教えが入って来ました。得したな。
控え室に戻り、姉と我が家の息子娘達総動員で、お供え物の仕分けです。姉の指示で参列された方の人数分に分けて袋詰めします。お土産としてお持ち帰りいただきますが、全員そのままお迎えのバスに乗り込んでいつもの料理屋さんに向かいます。
姉の挨拶で歓談が始まり、あ〜だこ〜だ盛り上がります。この親戚の集まりは、母兄弟の仲の良さがそのまま繋がっており、とても居心地のいい空間です。家内と結婚したいなと親戚めぐりした時よくしてもらったおばちゃん達がいます。僕らの結婚式に参列してくれた高校生カップルも、もう孫までできたと笑顔で並んで座っています。斜め前に座ったご住職といろんな話をしました。
最後の挨拶を姉が家内に振って来ましたが、そのまま僕に丸投げされました。最初に会った時の母の温かい印象に始まり、結婚前に巡った親戚での歓待など故人の縁で知り合えた一同の皆様への感謝の言葉を5分ほどしゃべってお開きの言葉に代えさせていただきました。故人の長女である姉が進行役ですが、デザートの集計とか何やかやと僕が皆さんに数を当たったりしてたので、バスのお迎え時間など事務的なことを兄・姉の指示でお伝えしました。そして最後は兄の短い締めでお開きになりました。ああ楽しかった。
バスに乗り込むと豊中の従兄弟に、「前の走りに徹した車を息子に取られたみたいね」と声を掛けると、次の車も取られたとこぼしていました。三菱ランサーに続きスバルインプレッサも取られたそうです。親子でクルマ好きのようで、インプレッサは2座席になり、ロールバー入りになってるそうです。
僕の自転車やバイクの話を出してきて、「何で知ってるの?」と思ったら、年賀状で我が家の近況を披露してたので、親戚中知ってて大笑いでした。この親戚の集まりの新人・長男のお嫁さんはチビさんたちに人気で、長男と離れて姉の孫達に囲まれた席に着いて、保母さん状態でした。小さな子は新人さんもすぐに仲間に入れて素晴らしいなと思いました。そしてお嫁さんがすんなりのこの輪に入れることが出来て、有難いなと思いました。
お寺さんの駐車場に着いて、それぞれの車で帰って行きます。母が亡くなって7年経ちますが、このような血のつながりの会を用意してくれて有難いものです。法事は故人を偲ぶ会でもありますが、今を生きる親戚のつながりを更に濃くする会でもあるように思います。笑顔が似合います。
16:00に出発し、往路と同じコースで帰路に着きました。阪神高速回りでもいいのですが、山陽道の田舎コースが落ち着きます。お嫁さんは、チビさんたちの相手ばかりで親戚の方々の膝下に寄っての挨拶が出来なかったと、家内にこぼしたようでしたが、バスの中などで「えらい美人や」「何処で見つけてきてん?」って長男が話題の中心だったので、上出来の親戚デビューだったと思います。
それと面白かったのが、お嫁さんのお腹の子です。もう外からも触って足の動きなどがわかるそうですが、お経が始まるとびっくりして動き出し、大人同様お経の調べが子守唄になって静かになったけど、最後の方にご住職さんが鳴らしだした鐘の音に驚いてまた活発に動き出したそうです。赤ん坊が突然の大きな音に驚いて起きて泣き出すをお腹の中でもやってるみたい。面白いね。
17:30に帰宅し、新幹線で帰る次男をJR伊丹駅に送り、そのまま飛行機で帰る長男たちを大阪空港に送って1日を終えました。

2012/11/5
日曜日は家内と大阪にデートでした。17:00、大阪市内から帰路に着きます。地下鉄で東梅田に出て地下街を歩きます。久しぶりの地下街は以前より明るくなってる。JR大阪駅に向かって地上に出ると、道路を挟んで横には新装成った阪急百貨店が見えます。
JR北伊丹駅に戻り、ブラブラ歩いて帰ります。「夕食、どうする?」・・・家内のリクエストに応えて外食することにしました。家に荷物を置いただけで車でお出かけです。新しくできたベーカリーレストランです。車の助手席から見つけて「いつか」と思ってたらしい。
焼きたてのパンのテイクアウト・コーナーが入口入ってすぐにあり、奥に厨房と15ほどのテーブルがある。家内はAセット1200円(前菜の野菜・お好みパスタ・パン4種)、僕はBセット(前菜4品・お好みパスタ・パン4種・お好みドリンク)を注文しました。前菜を食べ、4種パンを食べると結構お腹が膨れています。パスタ入るかな?と思ったら美味でペロリといけました。美味しゅうございました。
帰宅すると8:45。家内ご贔屓の航空管制官ドラマが始まる前です。それを見だすと家内の姉から電話が入りました。来週の義理母の7回忌法要の件でしょう。楽しそうにしゃべって戻って来ると、長男夫婦の情報を姉から聞いたとニコニコしています。
長男のお嫁さんは来年2月の第一子出産に向けて、順調にお腹が発達中です。来週の法事に2人で帰ってくるのですが、その前のこの連休に海外旅行に行っています。お嫁さんも長男も飛行機で世界を飛び回っているので海外旅行は日常でしょうが、さすがに妊娠中なので、台湾とかの近場だと思ってました。でもアメリカに行ってました。
姉の娘達(長男の従兄弟)と長男夫婦はフェイスブック友で、「今日ね、ゆき君(長男)は6000mを飛んでたよ」って長女から姉に電話があり、それを家内が聞きました。ラスベガスに宿泊し、タンデム・スカイダイビングを体験したそうです。「え〜、僕と同じく高所恐怖症気味の長男なのに・・・」。
僕が家内の話で驚いていると、家内の携帯電話が鳴りました。「来た来た」ってメールを開くと、姪から義理姉に送られてきたメールが転送されていました。高度6000mでインストラクターとくっついて飛んでる長男の笑顔の写真と、グランドキャニオンをバックに2人で撮った写真が添付されていました。「僕と同じ体質の長男は、この状況ではもっと情けない顔になってるはずなのに笑顔だ・・・負けた」。
「まさかお嫁さんは飛んでないんだろうね?」「それはないんじゃない。下からいきなり未亡人かも?って見上げてたんじゃない」って、楽しい1日の最後の会話になりました。来週は、いろいろ聞いてやろう。
航空管制官ドラマは、今回も我が家ご贔屓のJALがメインでした。アメリカにもJALで行ったんだろうな。グランドキャニオンには、ロスアンジェルスでトランジットしてラスベガスに行くのかな?


逆説の10カ条 ケント・M・キース 『それでもなお、人を愛しなさい』早川書房 より引用&モディファイ こんな風に生きたいな・・・
1.  人は不合理、わからず屋で、わがままだ。それでも、愛そうじゃないか。
2.  何か良いことをすれば、自分のためにやったんだと、人はあなたを批判する。それでも、良いことをしようじゃないか。
3.  もしあなたが成功すれば、偽者(にせもの)の友人そして本物の敵が現れる。それでも、成功しようじゃないか。
4.  今日、行った良いことは、明日には忘れられる。それでも、良いことをしようじゃないか。
5.  誠実で、そして正直であれば、あなたは傷つくかも知れない。それでも誠実で、そして正直であろうじゃないか。
6.  大きな理念を抱く大きな人は、小さな心を持つ小さな人に撃ち落される。それでも大きな理念を抱こうじゃないか。
7.  人は弱者に同情するが、結局、強者になびいていく。それでも、少数の弱者のために、戦おうじゃないか。
8.  何年もかかって築き上げたものは、一夜にして崩れ去るかも知れない。それでも、築こうじゃないか。
9.  助けを必要としている人を、本当に助けたら、あなたは攻撃されるかも知れない。それでも、助けようじゃないか。
10.  持っている最高のものを、世の中に与えたら、自分は酷い仕打ちを受けるかも知れない。それでも自分の最高のものを、世の中に与えようじゃないか。

子供が育つ魔法のことば ドロシー・ロー・ノルト
子は親の鏡

けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる

「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう

励ましてあげれば、子どもは、自信をもつようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ

愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる

分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ

やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる

Full sail
2006年3月、大学ヨット部を卒業する次男から素晴らしいプレゼントをもらいました。それは、卒業記念誌Full sailに数十ページに渡って書かれた次男の思い出の、プロローグとエピローグに書かれていた言葉です。

1.今、一番言いたいこと
私は最高にラッキーな人間だと思う。父親のおかげで幼い頃からヨットができ、これまた教育熱心な両親のおかげでK大学に入ることができた。この2つが実を結んだ結果として、「K大ヨット部主将」になれた。しかも「第70代」という大きなおまけまでついてきた。
本当に幸せな奴だと自分でも思う。

「環境が人間を作る」とはよく言ったもので、今の自分はまさにこの「K大ヨット部主将」という環境が作ってくれた。自分の考えに過ちがあることを初めて知った。自分の非を認めることを初めてした。初めて、人に本気で教えた。本気で伝えたいと思った。他人の気持ちを理解しようとした。組織を動かすということはこんなにも難しいものか、と初めてわかった。すべてが自分の思い通りになるわけではなかった。自分だけではどうにもならないものの存在を初めて知った。その結果、人生で初めて頼れる仲間・頼るべき仲間ができた。その仲間たちは和気藹々と楽しくやっていて、しかしその真ん中には「全日本インカレ」という共通の目標が芯としてしっかり通っていた。そんな仲間ができた。素晴らしい4年間であった。
この経験は、K大ヨット部があったからこそできたこと。、ヨット部を作り、現在まで熟成させてきた、歴代のヨット部員の方々。そのヨット部をずっと支えてきたOB会の方々。ともに戦ってくれた先輩・同輩・後輩たち。私をここまで育ててくれた両親。この場を借りて感謝の意を表したい。ありがとう。

中略

最後に両親へ。
最後のインカレ予選を見に行っていいかと聞かれたとき、断ってしまったことを今でも悔やんでいます。最終日を前にして、もはや負けることは分かっていたので、最終日だけでもきてもらおうと思いましたが、「今呼んだら、自分の中で負けを覚悟したことになる」という思いから、素直になれませんでした。本当に悔やんでいます。息子の最後の雄姿を見て欲しかったです。今の自分は紛れもなくあなたたちのおかげで成り立っています。今後はどのような夢を追いかけるかわかりませんが、温かく見守って欲しいです。

日記の始まり
ウェブマスター神谷良成のヨット日記です。私はこのような経歴で育ちました。関西学院中学部でサッカー部に入りましたが虫垂炎で辞め帰宅部をしていました。高等部進学で今からでも一流になれるあまり人のしていないスポーツをしようと、馬術部とヨット部に絞りました。まずヨット部に行くとそこには、伊丹のキリスト教会で一緒だった先輩が3人もおられました。特に門脇さんとは小学校・中学校サッカー部も一緒で、馬術部部室に行く機会さえなく入部しました。門脇先輩とは大学ヨット部でコンビを組ませていただき、ヨットレースを教えてもらいました。温和な性格・ヨット理論・スピードアップのコツなど最も影響の受けた先輩です。
高校ヨット部入部当時、ヨットが速くなるためには毎日『ヨットノート』をつけることと、速い人の本を読むことが大事だと聞き、ヨットの神様ポール・エルブストロームの本を買いました。初めに「スポーツマンにたばこはいけない。肺活量が落ちる」と健康な体のことが書いてありました。そこでタバコは一生吸わないことに決めました。
ヨットノートは練習やレースでヨットに乗るたびに、アドバイスを受けたことや感じたことを書きました。たった1冊のノートから始まりましたが、大学4年でモスクワオリンピック強化選手に選ばれるまでになれた元になりました。その後次男が小学生でヨットを始めることになって再びレーシングの世界に戻り、コーチ・親の立場からヨットノートをつけ始めました。次男の海外遠征を機会に兵庫県セーリング連盟ジュニアヨットクラブのホームページを立ち上げ、その選手達のがんばりのおかげで、ジュニアヨット団体の日本OP協会の理事になりました。広報委員長を拝命し『Optiわくわく通信』(バックナンバー)を週に2本のペースで1年間会員さん中心に発信しました。別府ジュニアの『あらっヨット』(お母さんから見た子供のヨット日記)に刺激され、ウェブ日記を書くことにしました。
もう30年以上ヨットの世界を楽しんでいます。現在出身の関西学院ヨット部のウェブマスターもしています。

ジュニアヨットに対する基本的考え『学業とヨット』
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